

金曜の夜、同僚と飲みに行った帰り道。
賑やかな居酒屋街の一角で、思わず足を止めた。
「……先輩?」
振り返ったその人は、すぐに私を見つけて笑顔を見せた。
「やっぱり□□だよな。久しぶり」
学生時代、ずっと憧れていた先輩。
十年以上の時を経て、こんな形で再会するなんて思ってもみなかった。
先輩は部活の中心的な存在で、誰からも頼られる人だった。
真剣な表情も、時折見せる優しい笑顔も、すべてが眩しくて。
私は遠くから見つめるだけ。
告白なんてできる勇気はなく、ただ「先輩の彼女になれたら」なんて夢を見ていた。
そんな相手が今、目の前に立っている。
少し大人びた雰囲気をまとい、学生の頃よりもずっと色っぽく見えた。
「少し飲んでいかない?」
先輩の言葉に頷き、近くのバーに入った。
照明の落ち着いた空間で並んで座ると、胸の奥がざわついた。
昔と変わらない笑顔に安心する一方で、低く落ち着いた声やグラスを持つ仕草が妙に艶やかに感じられる。
――視線が合うたびに、体の奥が熱くなる。
(やだ、私…変なふうに意識してる?)
お酒のせいだけじゃない。
学生時代に抱いていた憧れが、大人になった今だからこそ、もっとリアルな欲望へと変わっていくのを感じていた。
カウンターで隣に座る先輩の腕が、時折私の肩に触れそうになる。
そのたびに心臓が跳ねた。
グラス越しに笑い合う一瞬――
もし、先輩が今、私の手を取ったら?
もし、耳元で「きれいになったな」なんて囁いたら?
頭の中で“もしも”の妄想が次々と膨らんでいく。
カフェで話す同級生とは違う。
この人なら、もし誘われたら断れないかもしれない――そんな危うい予感があった。
(だめ、そんなこと考えちゃ…)
でも、頬は熱くなり、視線は自然と先輩の唇に吸い寄せられてしまう。
心の中で「キスしてほしい」なんて思ってしまった自分に、慌ててグラスの氷をかき回した。
その夜は、特別なことは何も起きなかった。
ただ昔話に花を咲かせて、駅まで一緒に歩いただけ。
「また会おうな」
そう言った先輩の笑顔に、胸が高鳴った。
本当は言いたかった。
「先輩に抱きしめられたらどうしよう、なんて考えてました」
「今でも、特別な存在なんです」
でも、言えるはずもない。
心の奥で密かに熱を抱えたまま、私は改札を抜けた。
大人になった今だからこそ――あの頃よりずっと強く、彼に惹かれている自分に気づいてしまったから。