

その日は珍しく平日の午後に時間ができた。
仕事の合間を縫って訪れた市民プール。
夏の日差しから逃げるように、水の中へ身を沈めた。
冷たい水が肌に触れると、日常のざわめきが一気に遠のいていく。
息を整えながら何度も往復し、やがて体が心地よい疲れで満たされていった。
「そろそろ上がろうかな」
そう思い、プールサイドへと体を寄せた。
水面を押し分けて体を引き上げる。
髪から滴る水滴、張りつく水着。
濡れた体はひんやりしているはずなのに、どこか熱を帯びていた。
そのとき――視線を感じた。
何人かいる利用者の中で、特に一人の男性の目線がこちらに向いているように思えた。
年齢は40代くらいだろうか。
トレーニングを終えたばかりなのか、タオルで汗を拭きながら、ふとこちらに視線を向けていた。
(え、今…見られた?)
心臓がドクンと高鳴った。
水着姿を見られるのは当たり前の場所。
わかっているのに、妙に落ち着かない。
それは、彼の視線がただの「周囲を見る」ものではなく、確かに私に注がれていると感じたからだ。
肩から胸元へ、そして濡れた髪先へ。
ほんの数秒のことだったけれど、視線がゆっくりと辿ったように思えてしまった。
(やだ、こんなに意識しちゃうなんて…)
頬が熱くなり、濡れた水滴が余計に火照りを際立たせる。
タオルで体を拭きながら、胸の奥はどんどん熱を増していった。
さっきまで冷たい水に包まれていたのに、体の内側は真逆のように燃える。
「落ち着いて…これはただの気のせい」
そう言い聞かせても、視線を感じたあの瞬間が頭から離れない。
もし、あの男性がもっと近づいてきたら?
もし「一緒に休憩しませんか」と声をかけられたら?
妄想が膨らみ、余計に体が火照っていく。
プールサイドの空気が、妙に息苦しく感じられた。
その後、男性は何事もなかったように視線を外し、自分の荷物を手にプールを後にした。
私も更衣室へ向かったけれど、足取りはどこかふらついていた。
「ただの視線…なのに」
鏡に映った自分の頬は赤く、濡れた髪が頬に張りついていた。
水泳の疲れだけでは説明できない、妙な熱がまだ体に残っている。
プールで泳ぎ終えた私に向けられた視線――
あの一瞬の出来事が、帰り道まで心をざわつかせ続けていた。