

いつもと変わらない、静かな昼下がり。
スタジオの窓からやわらかい光が差し込み、ヨガマットの上で深い呼吸が繰り返されていた。
私はインストラクターとして、数人の生徒さんにポーズを指導していた。
中でも、最近通い始めた年上の男性――50代くらいのおじさま――は、真面目に取り組む姿が印象的だった。
不器用だけれど、一生懸命。
そんな姿に、先生としての私は自然と応援したくなる。
「もう少し背筋を伸ばしましょう」
そう言って彼の背中に軽く手を添える。
普段は女性の生徒が多いので、男性に触れるときはやはり少し緊張する。
でも、そこに余計な感情を持ち込んではいけない。
私はあくまで“先生”。
生徒さんが快適にヨガを楽しめるよう、冷静でいなくちゃ。
そう思いながら指導を続けていたとき――ふと、奇妙な感覚に気づいた。
ダウンドッグのポーズを取るように促したときだった。
体を前にかがめ、正しい角度を示そうとした瞬間。
(……あれ?)
視線を感じた。
しかも、それは私の顔でもなく、手元でもなく――胸元に。
気のせいかもしれない。
でも、ほんの一瞬、彼の目線が確かにそこに止まった気がした。
「やだ…見られてる?」
思わず頬が熱くなる。
指導に集中しなきゃいけないのに、胸の鼓動が速くなってしまった。
もちろん、彼は悪気があったわけじゃないのかもしれない。
ただポーズの確認をしていただけ。
でも、私の心は妙にざわついていた。
(先生として冷静でいなきゃ)
(でも…“女”として見られてる?)
二つの感情が交錯して、息が少し乱れる。
その後も、動作を直すために彼の近くに立つたび、意識してしまう。
胸元を隠すように姿勢を変えたり、視線をそらしたり。
「いけない、こんなこと考えちゃ」
そう分かっていても、どこかでドキドキしてしまう自分がいた。
レッスンが終わり、皆が帰ったあと。
ひとりスタジオの片付けをしながら、私はまだ鼓動が落ち着かないのを感じていた。
生徒に真剣に教えるつもりだった。
それなのに――「胸に視線を感じた」というだけで、心はこんなにもざわついてしまう。
(もし本当に、女として見られていたとしたら…?)
そんな考えが浮かんでしまい、さらに頬が熱くなる。
誰にも言えない、秘密のざわめき。
ヨガマットの上で生まれた小さな出来事が、私の中に思いがけない余韻を残していた。