

いつものように、朝の通勤ラッシュ。
人と人との距離なんてまったくない満員電車の中、私は吊り革を握りしめて、ただじっと揺れていた。
つり革に伸ばした腕、斜めに傾く重心、視界の端には他人の顔。
日常の延長線上にある、無音で無感情な朝。
でも、その日は──たったひとつの“視線”で、全部が変わった。
駅に停まり、新しい乗客が流れ込んできたときだった。
私の正面、ほんの1メートルほどの距離に立ったスーツ姿の男。
年齢はたぶん30代前半、眼鏡の奥にある目が、まっすぐ私を見ていた。
いや、“私”じゃない。
私の脚だった。
正確には──スカートの奥、太もものその先を見ていた。
電車が揺れるたび、スカートの裾が少し動く。
そこに合わせて、彼の視線もわずかに動く。
私の身体をなぞるように、服の上から、まるで透かすように。
目が合った瞬間、私は小さく息を呑んだ。
視線が冷たいわけでも、優しいわけでもない。
ただひたすらに、ジリジリと熱い。
まるで見えない手が、私の下着の中にまで侵入しているような錯覚に襲われた。
私は顔を逸らした。
けれど、彼の視線は逸らされなかった。
視界の端で、感じる。
彼の目が、私の脚を、スカートの奥を、じっくりと、舐めるように見ていることを。
普通なら怒るべき。怖がるべき。
なのに、私の身体は──
反応していた。
電車がカーブに差しかかり、車体がグラッと傾く。
その瞬間、私は少しバランスを崩して、脚をずらす。
すると、スカートの裾がめくれそうになり、私はあわてて押さえた。
そのとき、彼の目がピクリと動いた。
反応したのは、私だけじゃなかった。
彼も、明らかに“感じている”ようだった。
「……っ」
下腹部がじわりと熱くなる。
触れられてもいないのに、下着の奥が、じんわり濡れてくる感覚。
どうして。
見られてるだけなのに、どうしてこんな……。
羞恥と興奮が入り混じって、喉がカラカラになっていく。
私の太ももに沿って、彼の視線が這うように上下するたびに、震えそうになる脚を無理やり抑えた。
吊り革を握る手に力が入る。
でも、もう遅かった。
私の身体は、その視線に“濡らされていた”。
彼は一歩も動いていない。
一言も発していない。
それなのに、私は明らかに快感に近い何かを感じていた。
カラダの奥が、きゅうっと縮まる。
あの目に見られるたびに、まるで下着の中に熱い指を差し込まれたような錯覚に襲われる。
他の人は気づいていない。
でも、私たちの間には確かに淫らな空気が流れていた。
濡れてしまったことに気づいたとき、背筋に冷たい感覚が走った。
なのに、同時に奥からじんじんと湧き上がるような熱も感じていた。
「だめ……ほんとは、こんなの、だめなのに」
心の中で何度もそう言った。
でも、視線は止まらなかった。
私は“視られること”に、身体のスイッチを押されてしまっていた。
次の駅が近づいてきた。
彼はスマホをポケットに入れたまま、静かに私を見続けていた。
唇が乾く。
息がうまく吸えない。
そして、私は気づいた。
彼の目が、私を“抱いていた”。
視線だけで、触れずに、言葉もなく、私をゆっくりと組み伏せていた。
電車が停まり、彼はドアが開く直前に私の目を見た。
たった一瞬。
けれど、全身が痺れるほどの熱を感じた。
彼は何も言わず、何も触れず、ただ降りていった。
私は、唇を噛みしめたまま、その背中を見送った。
ほんの数分の出来事。
でも、私の中には確かに残っている。
スカートの奥にまで這いずるように届いた、“あの視線の快感”が。
そして私は、また同じ時間、同じ電車に乗ってしまうだろう。
見られたいと、思ってしまった自分を、まだ誰にも言えないまま。