

「ねえ、ワイン飲む?ちょっとだけ」
午後のお茶が終わったあと、気づけばグラスに赤が注がれていた。
「お昼からワインなんて……」
「たまには、いいでしょ。旦那、今日は遅いって言ってたし」
笑いながら言うと、彩香さんも小さく微笑んだ。
すぐに頬が赤くなる。お酒が弱いのかもしれない。
彼女は、なんというか──ずっと緊張してるみたいな人だった。
いつも微笑んでるけど、その奥にずっと「我慢」がある気がしてた。
たぶん、私と同じように。
カーテンの隙間から差す午後の光が、ふたりをぼんやり包んでいた。
テレビもつけず、スマホもテーブルに伏せて。
「……あのね、彩香さん」
「ん?」
「さっき、“寂しい”って言ってたよね」
「うん……言ったかも」
「それって、体のことも?」
彩香さんの手がピクリと動く。
言葉は返ってこない。
でもその沈黙が、肯定よりもずっと色っぽかった。
私は自然な流れを装って、彩香さんの隣に移動した。
彼女は少し戸惑った顔をしたけど、拒まなかった。
「指、冷たいね」
そう言って、彼女の手に自分の指先を重ねる。
手の甲をなぞるように滑らせると、彼女のまつげがわずかに震えた。
「……梓さん、なにして……」
「何もしないよ。触れてるだけ」
目は合わせずに、声だけを落ち着かせる。
指先が手首から、腕へ、
そして二の腕をゆっくりと撫で上げる。
触れる場所はまだ“普通”なのに、
彩香さんの呼吸が少しずつ変わっていくのが、分かった。
「旦那さんに、最後にこうやって触れられたの、いつ?」
私はあえて、わずかに意地悪な口調で問いかける。
「……わかんない。もう、ずっと前……かな」
「我慢してたんだよね」
彩香さんは、黙って頷いた。
私は、彼女の肩に手を添え、耳元に顔を近づける。
唇が触れるか触れないかの距離で、ささやく。
「……ねぇ、ほんとは、こうされたいって思ってたでしょ?」
その瞬間、彩香さんの体がびくっと震えた。
声にはならないけれど、心の奥が反応したのが、伝わってくる。
私は指先で、彼女の首筋をなぞった。
そこから、鎖骨のラインへ。
服の上から、でもゆっくり、確実に。
「私なら……急がないよ。怖がらせたりしない。
ただ、ちゃんと彩香さんを“女”として、見てるってだけ」
手は胸元まで近づいたけど、触れない。
でも、その“触れなさ”が彼女をジワジワと焦らせていく。
「……梓さん……やめたほうが、いいと思う」
その声は、拒絶じゃなかった。
もっと近づきたくて、怖くて、でも求めてる声。
私は彼女の手を取り、そっと指を絡める。
「うん、やめたほうがいいよね。
でも──今日は、もうちょっとだけ、いい?」
彼女は、小さくうなずいた。
リビングの空気が少し熱を帯び始める。
距離はもう、10cmもない。
吐息が触れ合って、目と目がぶつかって。
キスは、しない。
でもその手前で、止まったまま、お互いの鼓動だけが聞こえる。
「ねえ、彩香さん……」
「……うん……?」
「今度、もっとちゃんと、あなたを気持ちよくしてあげたい」
彩香さんは、そっと目を伏せて──
「……うん……」
微かに震えるその返事が、
女同士の関係が始まる、静かな合図だった。